2019年11月16日 (土)

11月16日はJewels & Thingsへ

ここをクリックすると番組を聴くことができます。

今回も、江戸時代に甲府城の城下町だったエリアを
歩いています。

オリオンイーストには、素敵なお店がたくさんありますが、
今回は、山梨のジュエリー産業にも触れることができる、
カフェ&バーも備えたジュエリーショップ、
「Jewels & Things」にお邪魔しました。

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沼崎真白さんにお話しを伺いました。
写真を撮った場所は、バーカウンター。

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店内はコンパクトですが、ゆったりとした気分で
落ち着いて長居が雰囲気。
木の雰囲気と共に、床の石畳の風合いなどがモダン。
白い壁が、展示してあるものを邪魔しない、
心地よい雰囲気でした。

取材をした時は、ハロウィンシーズンだったので、
店内には、ハロウィン装飾がありました。

最初に紹介した通り、こちらはジュエリーの販売だけではなく、
カフェとバーも併設されています。

店内のベンチの横には、本も積まれていて、
気に入った飲み物を片手に、本を読んだり、
個性が光るジュエリーを見てみたり、また販売されているCDを
手に取ってみたり…と、とても良い時間を過ごせそうです。

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沼崎さんご自身も、ジュエリーメーカーを経営されています。
このお店は、山梨のジュエリー産業を、沼崎さんの感性で紹介するため、
そして、ジュエリー以外のお酒やコーヒー、そして本やCDなど
カルチャーとの出逢いができる場所をつくりたい、という思いで
オープンされたそうです。

沼崎さんの「好き」が詰まっているようなお店ですし、
ふらっと立ち寄ると、新しいものと出逢えそうな場所です。
実際に、お店に来られた人から、音楽もジュエリーも、
「こういうの探していたんだ!」という声が聞けるそうです。

こちらで扱っているジュエリーは、
とても個性的ですし、男女問わず愛用できるような
デザインのものが多いです。

お話して頂いたリングは、こちら。

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革靴の表面に施される模様をモチーフにしたリング。
ゴールド、シルバー、ピンクゴールドの他に、
ブラックもあるので、男性でも使いやすそうです。

カップルや夫婦で、色違いのペアリングにしても
素敵だな、と思ってしまいます。

コーヒー豆モチーフのネックレスや、
写真にもあるようなパールが一列に並んでいる
ジュエリーもステキ。
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店内では、イベントを定期的に開催されています。
毎週末に、DJが入るクラブイベントや、
ギャラリー貸しをして、月に1~2回くらいは、
アーティストの作品を紹介をする機会を作られています。

クラブイベントというと、ちょっと怖いと思う方も
いるかもしれませんが、さまざまなカルチャーが交差する、
心地よいお店でしたら、心配なく楽しめますよ。

アナログレコードのターンテーブルも
お店にあるので、レコードでDJがセレクトした音楽を楽しみながら、
過ごす時間は、とても気持ちが良さそう。
(ちなみに私は、アナログDJを聴くのが好き)

また、さまざまアーティストの作品を知る機会もありますので、
定期的に通えば、多くの作品に触れることが出来そうですね。

沼崎さんが、
お店を作るときに、カルチャーと共に、
人と人とくっつける場所を作りたい、とお話をされていたのが
とても興味深かったです。

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私もステキなジュエリーも欲しいし、
沼崎さんや、ここに来るお客さんと、コーヒーを飲みながら
お話してみたいなぁと思いました。

また来週もてくてくします。

2019年11月 9日 (土)

11月9日はSADOYAワイナリーから

ここをクリックすると番組を聴くことができます

甲府駅北口から北東方面に歩いた場所にある、
SADOYAワイナリーへ伺いました。



お話を伺った、山本さんです。

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甲府駅から歩ける場所にある、SADOYAワイナリー。
始まりは、明治42年。
江戸時代より続く「油」佐渡屋が転業し、
大正6年にワイン醸造販売を手掛ける、サドヤを創業しました。

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食文化の欧米化を見込み、さまざまな苦労も乗り越えて
ワインの製造を始めたのですね。

サドヤワインの代表銘柄、シャトーブリヤン。
シャトーは、フランス語でお城のことや、
ワイナリーのことを指します。
そして、ブリヤンは、「輝く」という意味があります。

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飲んでみると、まぁなんともフルーティーな香り。
そして、飲み口はさわやかですが、ちょっとこっくりとした
食べ物と合わせると美味しいだろうな、というお味。

山本さんには、クリームコロッケやグラタンなどとも
合うんですよ、と教えて頂きました。

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オシャレなワインショップも、居心地が良くて
ずっと居たいくらいですが、
こちらにはワインショップだけではなく、
ワイナリーの見学もできます。

同じ敷地に、ワインの樽で作られた重たい扉を開けて
地下に行くと…

ひんやりとした空気と共に、
ワイン製造の工程を知ることが出来る資料が
並んでいました。

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この下にある写真。
こちら、展示の部屋…かと思いきや
なんと、この部屋はワインを醗酵させるための空間だったとのこと!
もともとは、四方が壁に囲まれているタイル張りの空間。
この空間の上に、小さな小窓があり、ここから葡萄を入れて
醗酵させていたそう。
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ここ、かなり広いんですよ。
大人30人は余裕で入れる、ちょっとした浴場のような感じ。

こうしてワインを作る工程を学びながら、
次に案内して頂いたのは、樽熟庫です。

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扉を開けると、ワインを開けたときのような、
葡萄とアルコールの香りが、ふんわりと漂っていました。

ここで、樽に入れて長期熟成保存されるワインが並んでいます。
私が、ちょっと驚いたのが、樽熟庫で行われる作業。
木でできた樽は、中にあるワインを吸ってしまうそうです。
そうすると、樽の中に空気が入る隙間ができてしまうので、
月に1回程度、樽にあるのと同じワインを補充するそうですよ。

ワインは手間をかけて育てられているのですね。
実は、ここ樽熟庫では結婚式ができるそうです。
ワインにも祝福されながら、一生の思い出がつくれますね。

SADOYAワイナリーは、ワインを買うだけではなく、
作るまでの過程を知ったり、新しいワインと出会ったりと
ワインの楽しさを知ることができますね。

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今日紹介した、ワインショップやワイナリーだけではなく、
レストラン レ・アンドールでは、季節の食材や山梨の食材を
使ったフレンチのコースも楽しめます。


結婚式だけではなく、SADOYAワイナリーでは
結婚パーティができますよ。
私も、(予定がないけど)結婚式したい場所が
見つかりました。(予定ないけど…)

なんだかステキな気分に浸りながら、
SADOYAワイナリーを後にしました。

また来週も、てくてくします。

2019年11月 2日 (土)

11月2日は甲斐奈神社へ

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今月も江戸時代に甲府城下町だったエリアを歩いています。
先週にお伺いした、金手駅近くにある五味醤油さんの近くにある、
甲斐奈神社にお伺いしました。



お話を伺ったのは、禰宜の高原さんです。

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甲斐奈神社は、平安時代の延喜式にも、
甲斐国鎮守の神として崇拝されていました。
当時は、愛宕山の山頂にありましたが、いまから500年前
ちょうどこうふ開府と同じ時期に、今の場所に移りました。
(ちなみに、いまは、愛宕山の山頂には、本宮が祀られています。)

言い伝えによると、武田信虎が築城の際に、
愛宕山を軍事的な拠点にしようとしたところ、
近くに、甲斐奈神社があり畏れ多いということで、
神社が、いまの場所にお引越しを命じられたそうです。

その時に、大きな欅の木のところまで行きなさい、と
欅が引っ越しの目印になったそうです。
こちらが、その時に目印になったという欅。
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いまは、こちらではなく2代目の欅の木が、
御神木となっています。
でも、500年前の木も、今日まで伝わっているのがすごい。

さて、「甲斐奈」という名前、ちょっと不思議じゃありませんか?
特に「奈」という言葉。
これは、「かいのじんじゃ」が転じたという説。
それと、昔の日本語では、「奈」という言葉は
とても大切で宗教的な場所という意味から付いた、と言う説。

2つありますが、どちらにしても、昔からこの場所で
愛されているということが分かりますね。

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甲斐奈神社は、甲府城の三の堀に当たる場所にあり、
江戸時代もこの場所を守る役割を果たし、
時代が変わっても、その役割は変わらず、多くの方に愛されています。

そして、甲斐奈神社で祀っているのは、
富士山のコノハナサクヤヒメと、白山のククリヒメの
2柱の女性のご神体を祀っていることからも、
安産祈願に来られる方も多いそうですよ。

境内には、「子育ち石」という、お子さんが育つ力を
授けてもらえる石があります。
ちょうど、夫婦のイチョウの木の間にある石です。
ここに、子どもを立たせてあげます。

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「子育て」ではなく、「子育ち」というのが、面白いですね。

その他にも、境内に様々な神様が祀られています。
境内を歩いているだけでも、たくさんの神様と
お会いすることが出来る、神社でしたよ。

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また来週も、てくてくします。

2019年10月26日 (土)

10月26日は五味醤油へ

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江戸時代に城下町だった場所を回っている
てくてくこうふ

先々週にお伺いした、金手にある慶長院の近くにある、
お味噌で有名な五味醤油にお伺いしました。



入り口にある、のれんもなんだかオシャレ。
触った感じが、帆布のようなしっかりした
肌ざわりでした。

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お話を伺ったのは、五味洋子さんです。

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五味醤油ってお名前ですが、
いまはお醤油は扱わずに、
お味噌を製造販売されています。

明治元年創業ということで、歴史があるお店。
三代にわたって、五味醤油の味で育っているという
ご家庭もあるそうです。

五味醤油で作っているのは、甲州味噌。
お味噌は、大豆と塩と麹で出来ていますが、
甲州味噌は、米と麦の2種類の麹が入る
全国でも珍しいお味噌なのです。

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私もさっそく試食をさせて頂きました。
この日は、最高気温が30°を超える暑さだったのですが
(それでも9月半ば!!)きゅうりにお味噌をつけて頂いて
暑さによる疲れも癒されました。

味の特徴としては、麦麹を使用しているので、
香りが強くまろやかでコクがあるのです。
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お味噌って、地域によっても異なりますが、
スーパーで売っているものとか、即席みそ汁のお味噌をみても
表面がツルっとしているのですが、甲州味噌は、
見た感じだと、お味噌の粒も大きい。
これは麹を濾していないからだそうです。

頂いてみると、塩気もあるのですが、
塩ってだけではなくて、少し深みがあって
お醤油のようなコクが感じられました。

こだわりの点は、麹も手作りにして、
出来る限り、昔ながらの手法で作ること。
麹は、3~4時間ごとに温度の様子を見るなど、
しっかりお世話をしているんですね。

さて、私もですが、最近は自分でお味噌や
塩こうじなど作るなど、発酵食品に興味がある人も
多くなっていますね。

五味醤油では、そのような方に向けて
ワークショップをやっています。
お味噌屋さんだけど、お味噌の作り方を教えてくれます。

五味さんが、味噌は完成するまで時間がかかるので、
その間の時間も楽しんでもらいたいとお話していたのが
印象的でした。

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この日、私は五味醤油で、麹を1キログラム買って
塩麹を仕込みました。

いま、完成してお鍋に入れたり、
お肉を付けたりと楽しんでいます。

五味醤油さんのワークショップ、
私もとっても興味津々。

来年に食べるお味噌仕込みに行きたいな。

また来週も、てくてくします。




2019年10月19日 (土)

10月19日は金山神社へ

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江戸時代に城下町だったエリアを歩いている今月。
商人の街だったあたりを、今週も歩いていますが、
今回は、このあたりに住んでいた職人にゆかりのある
あたりを歩いています。

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今回も、甲府市教育委員会の金子誠司さんに
お話を伺います。
なぜブランコに乗っているのでしょうか…

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先月も滑り台で写真を撮りましたが、
ちょっと変な写真を撮るのも楽しいものです。

ここは、金山神社です。
甲府市中央にありますが、ぱっと見た感じでは、
ここに神社があるとは、ちょっと分かりづらい場所にあります。

中華料理の蓬莱軒の向かいというか、
お茶の春木屋さんの数件隣と言いますか、
私も、何度もこの前は通っていたのですが、
気が付かなかった!
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江戸時代、甲府にはさまざま職人がいました。
武田家は、国経営のために様々な業種の人々を支配下に
置いていました。

刀剣生産に関わる職人、
木工品をつくる職人、建具を専門にする職人などです。
江戸時代でも、このような仕事は、
新しい甲府城下の建築に携わっていました。

職人には、お城に携わる御用職人と、
御用を務めない平職人がいたそうですが、
甲府城の建築がひと段落すると、御用職人は暇になったようですよ。

御用職人は、甲府城の掃除人足役に命じられましたが、やはり職人。
プライドがあり、なかなかその仕事を受け入れられなかったそうです。

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職人の歴史を振り返りましたが、
いま、私たちがいるのが、職人との縁がある、金山神社です。
祭神は金山彦命という鉱山の神で、鉄を扱う鍛冶屋の信仰です。
このあたりは、鍛冶町と呼ばれていたそうです。

正月の仕事始めの時には、鍛冶町の職人が鉈や鎌などの雛形を奉納しました。
奉納するまでその雛形は、仕事場の柱に打ち付けておいたそうです。

戦前までの鍛冶町は、そこかしこから、槌を打つ音が「トンテンカン」と
響いていたといわれています。

いまは、静かで、子どもも安心して遊べる公園と
一緒になっている金山神社。

当時と街の様子は変わっているかもしれませんが、
いまでも、ここで暮らしている人に愛されている場所だなと思いました。

また来週も、てくてくします。

2019年10月12日 (土)

10月12日はまちなかの神宮と金手のお寺へ

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今週も、江戸時代に城下町だったエリアを
歩いています。

今回は、「横近習町大神宮」「柳町大神宮」
そして、足を伸ばして金手にある「尊躰寺」へ行きましたよ。

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今回も甲府市教育委員会の金子誠司さんに
お話を伺います。

まずは、「横近習町大神宮」「柳町大神宮」の2か所についてです。


この2つは、もともと、伊勢神宮の宮として祀ったものです。

武田時代には、いまの山梨大学北にあった、
伊勢の森にある伊勢神宮の宮を、甲府城築城の際に、
現在の場所に移転したそうです。

さて、横近習町大神宮と言えば、節分の行事で有名ですね。
大神さんと呼ばれて親しまれていますが、
この日は沿道に、だるま、熊手などの縁起物から、
切り山椒、がらがらなどのお店も出ます。

商売繁盛、家内安全を願う人たちで賑わう場所です。

続いて、私たちは、甲府駅から足を延ばして、
JR金手駅近くにある、「尊躰寺」にやってきました。

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このお寺、創建は武田信虎で、
浅野氏時代の文禄年間に、
元柳町(いまの武田三・四丁目)から移転した
と伝わっています。

実は、徳川家康とも縁があり、1582年、
徳川家康入国のときには、尊躰寺に仮御殿を建てて
本陣としました。
その後も度々在陣したようですよ。

お寺のご本尊は、真向三尊阿弥陀如来。
唐の善導大師筆で、鎌倉時代に南宋から来て
鎌倉の建長寺に入る蘭渓道隆が日本に
もたらしたといいます。

朝廷、石清水八幡宮を経て信虎の手に入りました。
どこから拝んでも正面に見えるといわれています。

ご本尊は、普段は拝むことはできませんが、
いま訪れると、大久保長安墓と伝えられる無縫塔、

それから、「目に青葉 山ほととぎす 初がつお」で有名な
俳人・山口素堂と、
甲府学問所の初代教授・富田武陵(とみた・ぶりょう)の
お墓があります。

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長い歴史の中で、さまざまな人が関わってきたお寺です。
ぜひ訪ねてみてください。

また来週も、てくてくします。

2019年10月 5日 (土)

10月5日は慶長院から

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今月も、江戸時代に城下町だったエリアを歩いている
「てくてくこうふ」

今週は、甲府城から移築したといわれる「門」がある
お寺、慶長院に来ています。

今回も、甲府市教育委員会の金子誠司さんに
お話を伺います。

この日も日差しが眩しかった…

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慶長院は、甲府市朝日三丁目 旧横沢町にあり、
平安年間に創建されたと言われています。

甲府の府内観音14番札所となっていたところです。
「府内観音」とは、昔に四国八十八か所巡りなどの
大規模な巡礼地を真似て移した、移し巡礼地と呼ばれるもの。
遠くにある巡礼地に行けないひとのために、
作られたものだそうです。

さて、慶長院は、府内観音としてだけではなく、
甲府城から移築した門がある場所としても知られています。

お寺にある、冠木門は甲府城の乾門、あるいは黒門であったといわれています。

乾門の「乾」とは方角を指しています。甲府城に、乾櫓というものがあり、
おそらく、この乾櫓に入るための門であったと思われるそうです。

また、黒門は、門の色が黒いから、黒門と言われています。
どこにあったのかは、定かではないのですが、
お城の北側にあった山の手御門というところではないか、と言われています。

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まだまだ諸説あって、はっきりしないことがあるみたいですね。

門は、よく見るとそこまで大きいわけではなく、
どちらかと言うと、武家屋敷にあるようなシンプルだけど
風格があるものです。

門が慶長院に移築されるのは明治時代になってから。
明治5年の甲府城の跡地が陸軍のものになり、
明治6年に甲府城の内部たけを残して、他は撤去されることになった、
というのが、キッカケかもしれないといわれています。

もし、こちらが甲府城の門だったなら、空襲も乗り越えた
貴重なものになりますね。

さて、慶長院のある、旧横沢町は、江戸時代には
雛人形・五月飾兜、そしておもちゃなどを作る職人が
住んでいた町です。

幕末に「横沢雛」というものが名物になります。
このお雛様、別名を「花背負い雛」といい、
背に桃の花の枝を添えた小さい雛人形です。

なんだかとてもかわいいお雛さまだったように思いますが
大正時代に途絶えてしまうようです。

その他にも、甲州だるまも作られていました。
このだるま、紙は市川大門の和紙が使われたいたそうです。
ひな人形づくりの経験を活かした名人が住んでいたそうですよ。

慶長院の門、そして職人が住んでいた町、
旧横沢町も面白い場所だったのですね。

また来週も、てくてくします。

2019年9月28日 (土)

9月28日はオリオンイーストのビストロに!

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江戸時代の甲府城下町エリア回ってきた9月、
先週の「三の堀」の跡から甲府駅に戻る途中、
オリオンイーストに、ステキなビストロがある、
ということで、行ってみました。

お店の名前は、ビストロ メゾン・ド・ルージュ。
オーナーの集堂名保美さんです。

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お店の外は、ドアや窓枠が赤、
またレンガに風合いもステキなお店です。

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店内もフランスのパリをイメージし、
オシャレだけど、なんだか親近感の沸く楽しい感じ。

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山梨産にこだわったワイン、
そして素材を使ったものをいつも
作って提供しています。

メニューも、手描きで温かみがありますね!

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まずは、おひとり様セットを頂きました。
こちらには、人気メニューを含めた、
自慢のメニューを、少しずつ頂けます。

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写真のものは、取材日のメニュー。
お皿に載るものは、その日によって違います。
今、食べてもらいたいものがお皿に。

野菜のキッシュに使われている卵も山梨産。
キッシュってね、パイ生地や卵も使わていて
ちょっとボリューミーな感じもあるんですが、
こちらでは、野菜をふんだんに使っていて、
口の中に入れると、野菜の香りや味わいが広がる、
とっても美味しいものでした。

それから、お豆腐とトマトのカプレーゼ。
カプレーゼって、通常はチーズとトマトで作られますが、
こちらは、お豆腐。
でも、お箸でも持てるような、もっちりしたお豆腐なんです。
例えるならば、胡麻豆腐に近いかも。

さて、こちら他にも、使用されている食材は、全て山梨産。
山梨に住んでいる人でも、珍しい野菜もあります。
オーナーの集堂さんが、山梨県内を回り、
その時期に獲れた、旬の美味しい素材を集めています。

観光で来られる方はもちろん、山梨県内の方にも、
新たな発見がありそうですね!!

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そして、サングリアも頂きました。
ワインだって、もちろん山梨産。

赤ワインに、山梨産の旬のフルーツを入れて
作られています。
上の写真見ても、グラスにたくさんの果物が入ってるのが
わかりますね!

赤ワインの風味に、フルーツの酸味や甘みが加わりますね。
さっぱりとした風味や、口当たりが、またひと口、またひと口と
どんどん飲みたい気持ちを推し進めていきますね。

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ステキな組み合わせ。
そして、とてもおいしい幸せな時間でした。

集堂さんは、東京のご出身。
でも、山梨に魅せられて、移住して、
山梨の素材にこだわったビストロをされています。

甲府市駅周辺で、お仕事をされている方は、
もしかしたら、ランチやディナーなどでも行かれている方も
いるかもしれませんね。

オーナーも女性ですし、本当に女の人がひとりでも
ふらっと入りやすそうな雰囲気でした。
そして、何よりも、集堂さんがチャーミングでしたよ。

さて、実は、OAには入りきらなかったのですが、
この日、人気ナンバーワンの牛肉の赤ワイン煮
食べさせてもらいました。

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これね、写真で見ても、お肉が柔らかそうなのが
分かりますよね。
牛肉を、赤ワインをたっぷり入れて、
煮込むこと数時間。

口にいれると、お肉の繊維がほどけていくのと、
煮込んでいるソースがじゅわーと口に広がり、
いい香りが鼻に抜ける。

もうね、このまま飲み込みたくないです!!
と言いたくなるようなおいしさ。

コクのあるソースには、
ワインの酸味が感じられ、
お肉から出るジューシーな脂が、
口の中で合わさります。

思い出したら、ヨダレでてきちゃいます。

付け合わせの太いパスタも、
ソースと絡まり、お皿の中にある食べ物、
すべてを美味しく頂けますよ。

素材にこだわり、その素材が一番おいしく食べられる方法で
お料理をした品々、ぜひ食べてみてください。

また、定期的にワインのイベントなどもされていますので、
気になる方は、お店のホームページを見てみてくださいね。

また来週もてくてくします。

2019年9月21日 (土)

9月21日は 甲府城の二の堀 三の堀跡を目指す

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さて、今週は舞鶴城公園を離れ、
今日は、甲府城を囲んでいた「堀」の跡を、てくてくしていきます。

甲府城の二の堀、三の堀の跡を、
今でも見ることが出来るのできるのですよ。

甲府市教育委員会 歴史文化財課の金子 誠司さんに
今回もお話を伺っていきます。

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どうして私たちが、こんな写真を撮っているか?は
このあとのブログで分かります。
それにしても、不思議な写真だな、と我ながら思う。

私たちは最初に、二の堀跡を見ることができる場所に来ました。

ここは、甲府駅南口、西へ200mくらい歩いた
たちばな児童公園へやってきました。
タコの滑り台が目印ですね。

本丸部分を囲むのが一の堀、その外側にあるのが二の堀です。
二の堀には、城の防衛の役割もありました。
二の堀内は、郭内と呼ばれ、勤番士が暮らしていましたが、
明治時代になり、市街地造成のため順次埋め立てられていきました。

ここが、二の堀跡ですよ。
今は、暗渠のように見えますが、お堀なのです。

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続いて、もう少し足を延ばして、甲府駅から徒歩30分くらい、
若松町のあたりにやってきました。

ここでは、三の堀跡を見ることができます。

三の堀は甲府城を囲む堀の一番外側にある堀で、
この堀の内側を郭外といって
町人の居住区となっていました。

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甲府には、他にも町人の住む町がたくさんありました。

例えば、武田神社の八日市場を移転させて成立し、
「府中第一のよき所也」と呼ばれたくらい賑わった「八日町」。
ここは代々、甲府の町年寄を勤めた坂田氏が居住しました。

そして「山田町」、もとは「伊勢町」と呼ばれたところですが、
ここは綿屋・綿打ち屋が多いことから俗に綿町・綿屋町と呼ばれました。
現在は山梨中銀金融資料館があるあたりです。
明治前期には、製糸業の町になります。

ほかに、甲府徳川家時代に「時の鐘」があった「横近習町」
材木商が多く俗に材木町と呼ばれた「立近習町」などなど、
いまでも、通りの名前などとして、その名残を残しているところもありますね。

なんとなく、歴史があるんだろうな、と思いながら
眺めていた地名も、改めてその成り立ちや歴史を聞くと
面白いですね。

また来週も、てくてくします。

2019年9月14日 (土)

9月14日は 甲府を知る~甲府城の変遷とは?~

ここをクリックすると番組を聴くことができます。

今月からの3か月間は、
江戸時代に城下町だったエリアをご紹介していきます。
先週に引き続き、舞鶴城公園にいます。

柳沢親子によって、江戸時代に再整備された甲府城ですが、
現在のように公園として整備されるまで、
どのような道のりを辿っていったのでしょうか?

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今回も、甲府市 教育委員会 歴史文化財課の
金子誠司さんに、お話を伺います。

柳沢吉保・吉里親子は、城内の石垣・門・塀・土手などの
改修を行いました。
その後、本丸御殿などの改築を行いましたが、
六義園や江戸屋敷を担当した大工・絵師など、
一流の人物が甲府城に携わっています。

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さて、時代が下り、明治維新の時代になると、
明治新政府の官軍に加わっていた土佐・因幡・諏訪藩などの兵が
甲府に入り、そのときの甲府城代佐藤信崇と甲府代官中山誠一郎は
直ちに彼らと話し合い、甲府城を引き渡しました。

いわゆる無血開城ですが、
実際には、かなりの混乱があったそうで…

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甲府勤番士は城中からの立ち退き命令が出て、
郭内の与力・同心までもが退去の支度を始め、
家財道具はもちろん、建物の床板まで引き剥がし運び出し、
その日のうちに、甲府城は、空っぽになってしまったそうです。

どうやら、聞き間違いが原因だったそうですよ…

さて、甲府城は、近隣の村や人すべてに、自由に見学させるように
なりましたが、実はこれには噂がありました。

「あまりに早く勤番士が城内から立ち退いたので、
地雷でも仕掛けてあるのではと官軍側が心配になり、
確かめるために自由に見物させたのでは」というものです。

なんだかちょっと物騒な感じですね。

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その後、甲府城は明治5年に、陸軍省の管轄になり、
明治9年には勧業試験場(農業試験場)、
翌年には勧業試験場の葡萄酒醸造所が設置されます。

ここに、山梨の葡萄づくりの片鱗が見えてきます。

江戸時代は、一般の人は、入れなかった甲府城。
時代を経て、さまざまは役割を果たし、
今では、みんなの憩いの場になったのですね。

今月は、更に詳しくお話を伺っていきます。
また来週も、てくてくします。

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