森雄一の週一エッセイ 第13回「『謝』に込められた意味」
世間は夏休みモードに入っている。主役は子どもだが、親御さんも続けとばかりに
家族旅行の計画を立てていることだろう。共働きの森家では、家族4人で旅行を
することが少ない。今年は、中三の息子は受験、小四の娘は合唱にダンス、ピアノ
の発表会やコンテストと、どうやら家族旅行はできそうにない。そんな中、夏休みに
入ってすぐに息子と私の時間がぴたりと合い、近所の図書館に一緒に出掛けた。
一番近くの図書館で、まずは予約していた書籍を2冊ゲット。ラインアップが最も
多い本館に移動し、息子は5冊借りた。さらに、探している本が別の図書館にあり、
再び移動。結局、私は6冊、息子は15冊借りて満足して帰途につく。
家族内での趣味というのは、それぞれが持ち、共通するものもある。息子と私では、
鉄道とポケモンがかつて共通の趣味だった。私が好きな鉄道を息子が好きになり、
息子が好きなポケモンを私もフォローした流れだが、やがて息子は鉄道から卒業し、
私はポケモンへの興味を失った。しかし、読書についてはずっとお互い趣味として
続いている。息子の場合は読書好きの友人と学校で競っていたらしい。読んだ冊数、
ページ数、簡単な感想と、読書カードも空欄が埋まっていくととてもいい記録になる。
中一から11万ページ、冊数にすると400冊くらいだそうだ。でも、上には上がいて、
息子のライバルは14万ページだ。とはいえ、2年半で400冊なのだから、人に
誇ってもいいだろう。
さて、タイトルとほど遠い話が続いていることにお気づきだろう。失礼した。ここから
なのだ。息子と図書館巡りをした梅雨明け間近の午後。曇天から徐々に回復し、
3時間後に帰るころには強い日差しで汗をかくくらいだった。その道中、自転車で
息子が先導し、私がついていく格好で、いつの間にか前後逆転してしまったのだ。
これまでも2台連ねて走ることはあったが、いつも私がリードし、その背中を息子が
追いかけてきた。抜かれることの快感、感動。息子の成長を育んでくれたこの街に
感謝し、息子を生んでくれた母親に感謝する。
そこで思ったのだ。「謝」という漢字。分解すると「言」+「射」となる。言を射る、
言葉を相手に届けるということなのだろうか。思うだけではだめで、思ったことを相手
に伝えなければ感謝にはならない。中国語で「ありがとう」は、謝謝(シエシエ)と
言うが、とても素敵な言葉ではないか。謝意、謝金、謝状、謝礼等、相手に敬意を
表する素晴らしい言葉こそ「謝」なのだ、と思ったのだが、いや待て。最近、ネットや
テレビでよく見る謝罪の様子。ここにも「謝」が出てくる。相手に言葉を届けるのだ、
いいことだけではない。謝罪に陳謝、そもそも訓読みで「謝る」ではないか。
京都の三十三間堂では、毎年1月、通し矢という伝統的な競技があるという。
あでやかな振り袖姿の新成人が次々と矢を放つ動画を見ていると圧巻である。
にこりともせず、むしろ真剣なまなざしが的に向いていることは言うまでもない。
大人の階段を登る世代だ。地道に一歩ずつ、いや一段飛ばし、二段飛ばしで。
好いた事はせぬが損。やりたい事は何かを犠牲にしてもやるべきで、やらねば
きっと後悔する、という意味だ。
通し矢に必要なものは弓と矢。弓道である。高校の弓道部で出会った男子生徒
5人が、ぶつかりながらも心を通わせるストーリー「ツルネ」という小説をご存知
だろうか。アニメ化され、昨年から今年にかけてテレビで放送された。制作した
のは、先日放火の被害に遭った京都アニメーションだ。
弓道人口は高校生が最も多いという。心も体も成長途中だが、的を射る所作は
大人のそれと変わらない。「ツルネ」で、激しい言葉をぶつけ合う様子は「謝」
だった。言を射ることが、彼らなりの「射」となり、やがて「謝」となる。スランプから
抜け出せない主人公を導き、やがて復活した様子を見て、コーチがつぶやく。
「あぁ、なんて美しい射だ。」
これを本人に伝えるとしたら、「美しい謝だったよ。」となってほしいと思った。
私はアニメが大好きだ。京都アニメーションも、彼らの、キャラクターをキラキラ
させる作品が大好きだ。「響け!ユーフォニアム」、「リズと青い鳥」、「Free!」、
「ツルネ-風舞高校弓道部-」と、仕事でも関わっている最高のラインアップ。
過去形には絶対にしない。これからも好きであり続けるし、応援していくし、一緒に
仕事もしていきたい。世界中のファンから「謝」が届いている。言葉、支援金等、
様々なアクション。心の通った「謝」なのだ。