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2016年10月 5日 (水)

先週ご紹介した浅田志津子さんの詩

 もし 私が乳がんになったら   

                   S・A

もし 私が乳がんになったら

もし 発見が遅すぎたら

誰にも 知られたくはない

私の不運をきっかけにして

まわりがどんどん検診を受けて

「なんともなかった」と安堵したり

たとえ見つかっても早期発見で

命拾いする幸運が つらいから

 

もし 私が乳がんになったら

もし 発見が遅すぎたら

誰にも 検診を受けてほしくない

絶望と無念の海を漂いながら

「自分だけじゃない」という事実だけが

同じ病を抱える他者の存在だけが

底知れぬ孤独を 薄めてくれるだろうから

 

姉は スペイン語の法廷通訳をしていた

何冊もの辞書と書類がつまった鞄を下げて

いつも薄暗い拘置所と裁判所を訪ねて

言葉の通じない日本で逮捕されて

途方にくれる外国人に寄りそっていた

体調不良が続いても 仕事を休むことはなく

乳がんとわかった時には 既に 転移していた

 

旅立つ三日前 姉が私に笑顔で頼んだ

「読んだ人が乳がん検診を

必ず受けなきゃと思う詩を書いて」

 

嫌だよ そんな詩 私は書かないよ

世の中には死刑が当然の悪いやつらが

大勢長生きしてるっていうのに

なんで お姉ちゃんみたいな人が

なんで お姉ちゃんほどの人が

この若さで 死ななきゃならないんだよ

しかも 最も生存率の高い乳がんで

あと一年早く 検診を受けてさえいれば

死なずにすんだはずの 乳がんで

 

あれから五年 

誰かが乳がんであることを

知るたびいまだに 思わざるをえない

「お姉ちゃんだけじゃない」

 

そんな私を 姉が見ている

罪人が つい目をそらしたくなる

あの まっすぐなまなざしで

澄んだ瞳に涙をためて

ゆがんだ私を じっと見ている

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