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2015年1月24日 (土)

I'm"アナロギスト"

notesLadies and Gentlemensign03
                How’s Doing Todaynotenotenote

最近改めてその魅力が再評価されているアナログ時代の作品の中から
         おススメなアナログレコードを紹介する「アイム・アナロギスト」

今週選んだ一枚は・・・・
       France Gall /France Gall(フランス・ギャル・ベスト)    (1989年)           

今FM富士でもザーズのシャンゼリゼがサウンド・フォレストになっていてパリのエスプリの
効いたサウンドが朝のコーヒー・タイムに心地よく届いていると思いますが、今日は
そのルーツとも言うべきアーチスト「France Gall」のアナログ作品をピック・アップしてみましたscissors

ロックのエッセンスを、トラディショナルなフランス音楽に取り込んだ、新しいタイプの楽曲。
‘60年代の半ば、フランスのシャンソン界に吹き始めた新しい風、いわゆるフレンチ・ポップス。
その最中、華々しくデビューし、1965年のユーロビジョン・コンテストでグランプリに輝き、
そのシンボル的存在なったのが、彼女「France Gall」。

フランス・ギャルは、1947年10月9日フランス、パリの生まれ。
父は作詞家のロベルト・ギャルで、パリ「木の十字架少年合唱団」の共同設立者として知られる
ポール・ベルティエは祖父。

1963年に、フィリップスから『Ne Sois Pas Si Bête(恋のお返し)』でデビュー。
1965年にイタリアで行われた第10回ユーロビジョン・ソング・コンテストに
ルクセンブルク代表として出場し、父親の知人だった、セルジュ・ゲンスブールが
提供した『Poupée de cire, Poupée de son(夢見るシャンソン人形)』を歌い優勝した。
この曲は日本語盤も発売され、1966年6月にコンサート来日しています。
60年代後半には、ドイツ語、イタリア語、スペイン語バージョンの曲も吹き込み、
1967年からはドイツのDECCAとも契約して、ドイツ語オリジナル曲を数多くリリースしています。
その後、70年代に入り作曲家のミッシェル・ベルジェと出会い、彼のプロデュースのもと
歌手として絶大な支持を得ると共に、1976年にはベルジェと結婚、2児の母となり、
公私共に充実した時をを過ごします。
1992年にベルジェが他界、1997年に娘のポーリーヌを難病で亡くすと、
それ以来、表舞台に出ることはなく、実質上の引退状態となってしまいました。
なお、車好きなら、1985年『Attends ou va t'en(涙のシャンソン日記)』が、
ホンダのバラード・スポーツCR-X SiのテレビCMソングになっていたことを記憶している方
も多いかも知れませんhappy01

今日は、1989年リリースされた、フランス・ギャルの’60年代のヒット曲をまとめた
コンピレーション・アルバムから3曲聴いて頂きましたsign03

M1)天使のためいき                     

M2)涙のシャンソン日記                        

M3)夢みるシャンソン人形              

今日は、あるリスナー・スタッフの方から「夢みるシャンソン人形 が外国の方の曲だと
初めて知りました」と言うメッセージも頂きましたのでYou-Tubeで公開されている彼女の
歌う日本語ヴァージョンも添付しておきますのでチェックしてみてくださいscissors

                   <木河 淳>

https://www.youtube.com/watch?v=OyevT4j34A4

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